民のかまどはにぎはひにけり

見えないものの検証と、庶民のつぶやき(不定期更新)

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自己紹介

抱き茗荷

Author:抱き茗荷
意識の働きや自身のルーツ探しを課題としています。

つぶやき

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多なるもの 一なるもの

トンデモ系のはなしになりますが、20代前半のある夜、当時半同棲していた彼女の家に向かおうと車に乗って『さあイクか! 行くか!』と思った瞬間にufoらしき何者かに光を当てられた事があります。一瞬目が眩みましたが、車窓から夜空をすぐ見上げるとオレンジ色の光が物凄いスピードで蛇行しながら遠くに消えていった事を確認しました。今だに『なぜ光なんか浴びせたのだろう…』と思っていますが、特にこだわってはいません。もしかしたら私のやましい気持ちに喝を入れただけかも知れませんw

なぜこのような話になったかと申しますと、飯山一郎氏のブログで知ったのですが、一部で「ハマッキー」という名の宇宙船が台風を消しただのという話題が拡散しているという事を知ったからであります。

私自身は事実ufoらしきものを見ておりますので実在を認めているわけですが、この話を知った時にすぐ感じたのは一神教の大好きな「空中携挙」でした。時代が混沌としてきますと、人は何かにすがらずにはいられなくなるものですが、いつの時代もこの他力本願発想は変わりませんね…(溜息)

「多なるものが一なるものへ向かう」支配方法はカルト宗教や某アイドル事務所の雰囲気が漂いとても古臭さを感じずにはいられません。この図式は男性が女性を支配する手段の一つで、セックスに於いて精子という多なるものが卵子という一なるものに向かうのと同様ですね。多なるものの動機が結果を左右する事になります。

ここ数年の現象から見るに、すでに上から押し付ける管理・方法は通用しない時代が来ていると思います。男は草食(装飾)化し、女性が肉食化している時点で現象として顕れています。

「古事記の時代は終わった」という話を聞いた事がありますが、“おみな(女)”が“言先立つ”時代になり、半田広宣氏が言うように、『世の中は反転を始めているのかもしれない』とふと感じました。ついこの前、ブログに古事記を薦めた文章を書いたばかりですが、古事記を追究した事が古事記の終わりを感じるきっかけになったのかと思うと不思議な気持ちです。
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古事記ノススメ

本日は古事記からの気づきを含んだお話…

古事記の一節に「すなはちなはみぎりよりめぐりあへ あはひだりよりめぐりあはむとのりたまひ(乃ち汝は右より廻り逢へ 我は左より廻り逢はむと詔りたまひ)」とあります。

汝とは「イザナミノミコト」、我は「イザナギノミコト」を指します。
汝は右から、我は左からとありますが、これは気圧の事でもあるでしょう。
低気圧は反時計回り、高気圧は時計回りですからね。

恐らく低気圧はイザナミ、高気圧はイザナギだと思います。
女性の体温同様、上下が激しい低気圧ですが、地から天に向かう上昇気流は陰である地球から発せられる気であり、高気圧はその逆と仮説をたててみたわけです。
今後は古事記百柱までの流れと気象推移の比較を思考実験していきます。

最近の台風や竜巻を見てみますと、「いやはてに そのいもいざなみのみこと みみずからおひきましき(最後に 其の妹伊邪那美命 身自ら追ひ來ましき)」が脳裏に浮かびます。(桃の実の3つ目が炸裂した後ですので…)

このように、古事記は現世の物理現象の法則に適うものが多いです。今回の気圧の話に限らず、“さる筋”のお話によりますと、宇宙の事象や他の物理現象に当てはまるものが多々あるようです。
史書としてではなく、いろんな角度からこの古事記を、私みたいな無学で直感でしか考えられない人だけでなく、しっかり勉強してきた方々にも是非詠んでいただければ、また新しい発見があるのではないかと期待してしまいます。

詠んだ人だけの答えがある古事記、オススメです(^^)

動と静

過去に二元論をいくつか書いてきたが、今回は「動と静」について…。
体でも動脈と静脈があるが、「動」は男性的能動原理で「静」は女性的受動原理だろう。

「動」の特徴として、バイタリティがありエネルギッシュで活力を感じさせるが、
争いや対立を起こすのはこの「動」である。
かたや「静」なるものは、「動」のエネルギーを受け諌めると同時に新しいモノを生みだす。

「動」は「静」に向かう習性がある。(そりゃ「動」だから基本動く方に該当するが…。)
その2つのものを掻き集めて層別してみた。

「動」   「静」
男性  →  女性
動脈  →  静脈
動物  →  植物
精子  →  卵子
プラス →  マイナス
酸性  →  アルカリ性

「動」は過ぎると毒となる。
事実、肉を食べすぎると血が酸性になる。男だらけの職場は争いが起きやすい。
現在の政治がうまくいかないのはこの「動」が「動」に惹かれている人が
政府の中枢にいるからでは?、と疑念を抱いてしまう(笑)

「静」の中に“マイナス”とあるが、この世界でこの性質を持つのが「地球」だ。
となると、地球に対する“プラス”とは何ぞや?となってしまう。
地球とは人が住まう唯一(と思われる)星だが、宇宙の果ては地球から見ると無限大だ。
逆に、その果てから見る地球とは時間が収斂していく無限小の場所となる。

もしかするとこの地球は巨大な卵子であり、宇宙空間は子宮であって、
未だ受精していないのではないか?等と考えてみると面白いかなと思う。

卵子は一なるもの、精子は無数なるものと考えると、
地球は未だ一神教に支配されていると考える事が出来る。
そして多神教という精子を待っているのかも知れない。

対立から統合へ

陰陽について考えますと相反するものの特徴と他のものの相似性を考えてしまいます。
最近でも遠い記憶・前世からの約束というブログを見ていたのですが、
その中で以下の図を見て「おやっ?」と想いました。

時間の概念

この図は「時間の概念」を示した図だそうです。

(これより引用)

非常にパラドクス的な解釈となりますが、1日が24時間で終了すると言う
物理的な時間概念は変わる事は有りません、
しかしその有限な時間のボリュームを各個人がどのようにウェイト配分をし、
有用に利用して行くかは、人の数だけ違って存在します。

aからbまでの時間軸は皆に等しく一律なものです。
しかしルートA、ルートBを見て頂ければ分かる様に直線と、
曲線を繰り返すルートは延ばして行くとその長さに差が出ます。
時間軸は同じであってもその中での学びの濃さは様々だと言う事です。
ルートAを歩く方に取ってはb地点に到達するまでのボリュームが少ないです。
これは既に覚醒のレベルが上がり、体感的に1日の時間が短くなっていると
感じている人とも言えます。
逆にルートBを歩く人に取っては覚醒度合いに差があり、
1日の時間の変化は加齢による短さ以上には感じられない事でしょう。

(引用ここまで)

時間の概念の本質を捉えた、しかもシンプルな説明で
大変わかりやすい記事でした。

ところで「おやっ?」と想ったのはその図がどこかで見た事のある図だったからです。
気付いた方もおられるかと想いますが、「交流と直流」です。

直流 交流

直流電圧は一定で縦軸にブレがありません。対して交流電圧は常に波を出しています。
過去記事、酸性とアルカリ性のなかでイザナギとイザナミに擬えて表現しましたが、
この二つの電気の流れはまさにそれに当てはまるといえます。

直流は縦軸で考えますと「凪」であり、交流は「波」であります。
物質の二元性である「粒」と「波動」にも似たモノがあります。
この波の間隔が広いものが固いものらしいです。
人間でいえば直流は男性原理であり、交流は女性原理といえそうです。
体温や性的欲求がこのグラフに相当しているように見えるのです。

どちらがいいとか、悪いとかではなく、
この原理を統合させて何か生み出せないかといつも考えます。
なぜなら世の中、この二元性が統合する事で素晴らしいモノが生まれるからです。

ある方が心の光と闇の比率は51:49がよい、と仰っていました。
まさにその通りだと想います。
キレイ事を説く宗教的なサイトが跳梁跋扈していますが、
心の闇を押し込む発想が精神疾患を生みだす原理です。
闇は個性であり、その人らしさそのものであります。

しかし、51:49と光が先行しているのは闇の方が本当は強いからです。
闇(陰)を先行させては光(陽)はあっという間に消えてしまいます。
火(陽)も水(陰)には敵いません。
性別で考えても陰である女性の方が強く、男なんて腕力だけですから。
妻に先立たれると夫は早死にし、夫が先立つと妻は長生きするともいいますね。

戦後の洗脳状態にありますと、この二元性を対立させてしまいます。
この事が新時代への覚醒のブログでも言われています。

(『』内は引用)
『いずれにしても、北朝鮮と韓国を裏で操っているのはアメリカですね。日本もそうですが。
二つの国を敵対させてハッパをかけ、戦争を起こし、両国への兵器の供給等で儲ける
ワンパターンなやり方は、昔から何一つ変わっていません。』

そろそろ、この対立ありきの発想から統合へと向かわなければ
戦争屋という死の商人を大人しくさせる事が出来ません。

新しい時代へのキーワード、それがこの統合だと想います。
「競わず、争わず」の和の心を取り戻していきたいものです。

想像と実践

先日「原因と結果」という問題解決型の思考を示してみました。
原因と結果という対称性のあるもの取り上げてみましたが、
次は、この「原因と結果」という思考の対称を考えてみました。
それがタイトルとなります「想像と実践」となります。
(このブログは私が造語を作ったり、仮定の中で書き込みをしているので
言葉尻を捉えず、感覚や雰囲気で掴んで下さい)

ここでいう想像とは、「結果」を想像するだけの事です。
世に言う「夢」や「希望」を表します。
原因と結果は実際に起こった事で、方向性としては

原因 → 結果

となります。
それに対し、想像と実践は未来の話であり方向性は

想像 → 実践 (祈りと意乗り)

となります。
原因と結果の方向性が、未来の話となりますと反転します。

「原因と結果」の項に於いては(なぜ?)の繰り返しでした。
今度は夢を叶える為の思考です。
従来なら(如何に、どうすれば)の発想に陥りがちですが、
(だから~をする)で考えてみましょう。

「アイドル歌手になりたい!」(だから)「芸能事務所に入る」
(だから)「歌唱力と容姿を整える」(だから)「歌のレッスンをする」「美容と健康に気を配る」
(だから)「歌の先生の所へいく」「早寝早起きをする

…といった感じです。何から実践したらよいかがわかります。(あくまでも一例です)

これらを「光陰矢の如し」の時間軸にすると、

要因(原因) → 結果 → 現在(今) → 想像 → 実践 → 要因 → 結果 …

となります。
実現のきっかけは想像する事から始まります。
(だから)を突き詰めると、少しずつ身の回り→自分へと収斂されていきます。
掃除や挨拶が大事なのはそれが理由にあります。
自分自身や、目の前にある事や存在から大事にしないと
想像したことを具現化する事は難しいという事ですね。

以上の順番が転倒した例を以下に書き記すと、
要因まで考えないで結果だけを伝えるのがニュースや新聞、ワイドショー、
さらに結果に評価を加えるのが解説員や人の服装にケチだけつけるような評論家です。
マスコミが有害と言われる所以ですね。
ただし、「情熱大陸」や「夢の扉」等といったドキュメントや
スポーツや相撲の生中継、「家族に乾杯」「田舎に泊まろう」等といった番組は、
生い立ちや日常といった人格が形成される要因をそのまま映しているので
その限りではないと、現状では感じています。
(スポーツに関しては3S政策なる文書もあるので賛否両論あるでしょう)

他にも祈りだけは一人前、その為に実践(意乗り)が伴わない宗教団体が
カルトと言われるのはその思考回路の転倒にあります。
政治家も宣伝カーの上で雄叫びをあげ、国会では居眠り(意眠り)している人、いますよね。

考え方の方向性を少し変えたり、追加するだけで現象を捉える目は著しく変化します。
進み方を違わなければ、間違ったヒエラルキーや外部の情報に踊らされず自分の軸もブレません。

お試しあれ。



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