民のかまどはにぎはひにけり

見えないものの検証と、庶民のつぶやき(不定期更新)

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自己紹介

抱き茗荷

Author:抱き茗荷
意識の働きや自身のルーツ探しを課題としています。

つぶやき

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名づけはムズイが役に立つ

久々にページをいじりました、変化点はフィードの消去です。

前までは某ブログを3つほど表示していたわけですが、今年に入り私自身がこれをほとんど見ていません。

なぜかと申しますと、これらのブログは有事には瞬間的に威力を発揮するものではありますが、実質有事あっての存在感となっており、いわゆる左巻きと同じ性質を有しているからであります。対象に問題が発生しないと儲からないんですね。
前述の3ブログも今までは楽しませてもらったわけですが、建設的提案が見当たらず、問題の事象に対する評価のみとなっております。

以上のように問題に対して他人事のように評価を継続することを“祟り”と名付けました。

また、他にも東海アマや小林朝夫のような地震予知をすることで恐怖心を誘い関心を持たせ己の寂しさを紛らすものもいます。

このように、将来起きてほしくないことを統計学や再現性を鑑みず継続して予知したり予言したりする事を“呪い”としました。

以上2点の命名、的確ではないですか?
難しい言葉では認知されませんからね。


行動に名前を付けるのは認知してもらうからです。名前のないものは認知してもらえず、存在はしているが実体が掴めないのでもののけになってしまいます。

最近の若いコ達はこれがホントに上手であると思いますね。
少し古いかもしれませんが、「ドヤ顔」とか「てへぺろ」、「リア充」など…

※オヤジ殺傷能力を持つテヘペロの一例

てへぺろ


例えばドヤ顔と名付けしたことで、ドヤ顔をする心理はもう幽霊として存在することは出来ず見つけられるわけですから窮屈な事でしょう。


今回言いたかったことは、名づけとは祓いのひとつであるということです(ドヤ顔)
波動を粒子にする作業のようなものでしょうか、観察行為と似たものがあります。

今まで名づけは個体識別といったマイナンバーのような役割と思っていましたが、どうやらモノとコトでは意味合いが違うということに気づかされました。

※ドヤ顔を昇華させた一例

ドヤ顔第一位

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看板のない豆腐屋さん

師でもないのに走り回る日々にブログの更新が久々となりました。

私と同様に今年はどの店に行っても店員さんがバタバタと走り回っているせわしい一年のように感じました。
どう考えても企業は人を雇わず限られた要員で経済を回そうとしているようで、コスト削減も限界にきているように思えます。

資本主義制度の限界を感じた軍産複合体が、お得意の借金帳消しを狙うきな臭い報道を垂れ流し戦争へ向かわせようとしている最中、今日ラジオで心温まるものを感じるお話がありました。(※政体に取りつかれている方や株の投機をするような方とは無関係の民のお話です)

それは「看板のない豆腐屋」の話。。。

店にとって看板とは、存在そのものを顕示するものであり、新規の顧客を掴む為には必要なツールであります。存在感がない、または信用度や知名度が低い店舗ほど、看板はなくてはならないものです。

その豆腐屋が看板を掲げない理由は特に述べられてはいませんが、私個人の感じたものは以下の通りです。

1.地域住民を相手に商売をしている(儲けが目的では無い)
2.地域住民として「豆腐」を作っている(役割として)
3.美味しい豆腐をつくる事が生きがい

こういった豆腐屋さんは「どこの家がそろそろ揚げを買いに来る」など大体把握しているそうで、無駄に作り過ぎることなく、大企業の様に惣菜を安売りもせずゴミに出すような事もそうないのでは、と思います。(地域の片隅で看板を出さずひっそりと営むこの豆腐屋さんの話を聴いて、公の為に働く戸籍の無い奉公衆の方と重なるものを感じました)

以上の事から感じたことですが、中央集権型から地方分散型への回帰こそが本来の日本を取り戻す気がしてなりません。(“トリモロス”ではねぇ…)

前にも書きましたが一なるものから多なるものへと向かう事が、民のかまどから煙立つ日々を取り戻せる事と強く感じます。H23年3月11日、千引石(ちびきいわ)は解放され、冥界の主プルート(イザナミ)が解き放たれたことにより、古事記の「をみなをことさきだちてふさはず」といった精子(無限遠点=多なるもの)→卵子(無限小点=一なるもの)へ向かう方向性は反転が始まったと感じます。

これが本当に起これば、そのうち師も民も走ることなく年の暮れを過ごせ日々がくるかも…。
これ、ゴイムの希望的観測なのでしょうかねぇ… (^^;)

モノに戸籍を与える

「みちBBS」コーヒーブレイクの欄に注目の一文あり。
(以下引用)

*******************************************************************
・「総理大臣も河原乞食も持っていると、誰しも絶対に認められる
“モノ”とは何か、当ててみろ」という謎掛けがあった。(中略)
正解は「戸籍」であった。
・続いて、「戸籍」「サラ金」「北京政府」「S学会」が密接に結び付く話があった。
つまり、昭和四〇年代にサラ金業者か雨後の竹の子のように続々と創立され、
日本社会を牛耳っていた一時期があった。金を借りるくらいだから、
返済が困難あるいは不可能という客も多く、その場合は別のサラ金業者から
借りさせることで、多重債務を負う人間を大量に生んだ。
ここで、サラ金業者もプロなのだから、そのあたりの事情は知っていたはずなのに
何故に延々と金を貸し続けたのか…?実は、ここで戸籍が絡んでくる。
多重債務で首が回らなくなった人間達からS学会のI会長が戸籍を買い、
それを北京政府に売り渡し、北京政府は一人っ子政策で大量にいる
戸籍の無い者を選んで日本に送り込む。そうして選挙時は必ず投票所に行き
、北京政府が命令した候補者に投票。そうして選ばれたのが
中曽根康弘、宮沢喜一、森喜朗、菅直人といった連中なのだ。
ここで、『みち』第350号に載っていた栗原稿「いつ日本の国籍を手に入れたのか、
天皇制の破壊を企む尖兵が首相になったり、英霊を無視その穢れ足で四国遍路を刻む
妖怪が首相になったり、今や外つ国の政治的パフォーマンスに被れた隷従の臣が
国政の場を満たし、再び祖國は天皇制を強めようとしている」に繋がってくる。
故に、この世に生きている限り、最も価値のあるものが戸籍ということになる。
*******************************************************************

S学会やかつての総理大臣がこのような手口を使ったかどうかの真偽は
当事者ではないのでわかりません(やりかねないな、という感じはある)
しかし、この戸籍の重要性は確信が持てた次第です。
事実、名というものは存在を確定させ、住所はそれが落ち着ける場所であるからです。

これを何かに応用出来ないかと考えたのですが、学も知識もありませんので
取り敢えず周辺の環境で落ち着いていないモノやコトに当てはめてみました。

私の職場の詰所は仕事場でもあり休憩所でもあるのですが、
肉体労働職場であり疲労もあるのか、モノが散乱しています。
公共の場というのは人によってキレイ・汚いのベクトルが違うので
基準を作る事が難しく、モラルを保つ為のルールを標準化する事は困難です。

管理者が『キレイにしろ!』と言っても、指示をされた者がキレイと思えば
納得してその指示を受け入れる事はないでしょう。
「やらされ感」でやる仕事ほど面白くないものはありません。
仮にその時キレイになったとしても、仕組みは同じなので結局元に戻ります。

そこでまず取り組んだ事ですが、まず散乱しているものを収集してみると
帰る場所のない“住所不定”のモノばかり…。(輪ゴムやらクリップやら)
これでは詰所の治安が乱れるわ、という事で、引き出しのたくさんついた
キャビネットを構え机上に散乱しているものから、床に落ちてるが使えるモノまで
そのキャビネットに層別して投入。これで住所は完了。

戸籍には名前が必要なので、その全ての引き出しに表札をつける。
ただ、たくさんの引き出しから該当箇所を探す時間が増えると横着者は
そこに戻さないので、探しやすいよう写真や現物の貼付を実施。

仕組みを作って1週間が経ちましたが、詰所の机には何も残らずキレイを継続。
一見どこでもやっている事かも知れませんが、仕組みや意味を理解してやると
余計なコストがかからないのでいいですね。
指示をするにしても、『元に戻せ』だけでいいですから。

かつて「定物定位」という貼り紙がどこかの整備工場に貼っていたのですが
この4文字には物事を治める力があったんだなと今さらながら気付いた次第です。

残問題として、戸籍は管理するツールでもあるといえるので、この管理者次第では
両刃の剣にもなるという事がいえるかもしれません。

大掃除2

最近は専ら掃除の段取りのことばかり考えており、記事がそちらに
偏っていますが年末くらいは真剣に考えるのも悪くないものです。

大掃除と言えばまずは「整理整頓」から始まるわけですが、
この四字熟語の意味をよく頭に叩き込まれた時期があります。
「整理」とは要るモノと要らないモノを分ける事
「整頓」とは要るモノを使いやすい状態にする事だと
昔の上司に口酸っぱく言われたものです。
私はモノづくりの会社に勤務しているので、道具の始末は基本中の基本です。

片付けが出来ない人の特徴として前の記事で先送り癖を挙げましたが、
それでも「片付けが嫌い、苦手」だと言う人はいると想います。
特に学生気分が抜けずに未だにママに部屋の掃除をしてもらっているような
新入社員はこの辺りの教育から始まります。

しかしながら環境を整える工夫をしたり、方法を教える事も先人の役割であり
自分自身もこの片付けが出来ないようでは説得力はありません。
整頓しやすい環境づくりに必要なのは人や携帯電話と同じで住所が必要です。
別段大した事ではないのですが、これを実践している方は以外と少ないです。
自分の使うモノにはラベル等を貼って使いやすくするものですが、
みんなで使うモノが住所不定だったりします。
散らかるモノは大体住所不定だからウロウロしているのです。

いつも旦那が散らかすモノのケツを拭かれている奥様がいらっしゃいましたら
まずはそのモノの居場所を作ってあげて下さい。そしてそれをわかり易くしてみて下さい。
これが出来ましたら旦那さんに「ここにしまってね」と伝えるのです。
それでも散らかすようでしたら、旦那の居場所をなくすのです(笑)

最後のは悪い冗談ですが、モノの住所を作ると帰る場所があり、
落ち着く場所がありますので部屋も落ち着いてきます。

しかしながらそれはモノを大事に扱う気持ちがあっての話です。
この気持ちがなければ何をやっても散らかり、買って捨てての繰り返しとなります。
結局、見える事は心象風景そのものだということです。心象=現象です。






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