民のかまどはにぎはひにけり

見えないものの検証と、庶民のつぶやき(不定期更新)

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抱き茗荷

Author:抱き茗荷
意識の働きや自身のルーツ探しを課題としています。

つぶやき

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民のかまどより公を想ふ その4

裏の沙汰とは、任侠ヤクザが激減した事による弊害だ。

恥や美徳といった曖昧なルールにより秩序が保たれ、それらを破った者に対する制裁は厳しいものであったとは思う。
だが、それにより禊は完了し過去は水に流していた。

ところが今はどうだ?裁きは全て情の無い法律というものにより行われている。
この法治国家の確立により、恥や美徳は良心の基準とならない、と勘違いする者が随分と増えた。法律を守っていれば文句を言われる筋合いはない、といった風潮だ。

※こんなのや、

ヨレヨレの文化

こんなのも含む。

ガタガタの内閣人事

ルールという枠の中に嵌められ恥も外聞もないモノが世の中に量産され続けた挙句、道のど真ん中を闊歩する者・パンツ丸出しでスマホをいじる女子高生・ゴミをポイ捨てする輩などが当たり前のように目につくようになった。
さらに、親に手を挙げる子・子を殺す親・弱者から盗みをはたらく者と、恥のかけらもない事件が当たり前に起こっている。
政治に至っては下着ドロボーが大臣になれる始末(税金ドロボーもいっぱいいるが…)



法律を遵守するものは善(神)であり、破るものは悪(魔)という一神教は見事に我が国を染めたのだ。
その排除主義的な思想さえあれば、他国の悪口を拡散するだけで戦争という手段により悪を懲らしめる方へと誘導出来る、戦争屋にとって都合のいい状態となるわけだ。

ただし、戦争屋は事を起こした後罪人扱いされたくないので誰かにそれを被ってもらわなくてはならないと考える。その誰かこそが天皇であろう。

続きは後日…
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