民のかまどはにぎはひにけり

見えないものの検証と、庶民のつぶやき(不定期更新)

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自己紹介

抱き茗荷

Author:抱き茗荷
意識の働きや自身のルーツ探しを課題としています。

つぶやき

主客の渡し

ブログを開設して本日で丸1年経ちました。このようなブログでも見ていただける方がおられるというのは、とても励みになり有難い限りです。

昨年は震災により意識の変化が発生し、自己の中に燻っていた想いに光が当たりそれが表面化した年でありました。ただ、その想いが表現する場所を求め彷徨っていたところで、ふとブログを書こうと突き動かされたのが一年前の今日にあたります。自分の想いを「文字」という目に視えるカタチに表現する事で、自分自身を曝け出す事による恥ずかしさは拭いきれませんが、客観的に自分を見つめる為のとても良きツールであります。恥をかきたくないのならただの日記帳でいいのでしょうが、ブログを公開する事で、客観→主観という危険な方向性が常であるインターネットに対し、闘いを挑んでいる気もします。

しかし主観と客観という二元的な世界はもう終わりかも知れない、となんとなく感じています。主観と客観が結ばれた線をもう一人の自分が見つめること、つまり主客一体である事を理解してそれを実践していく事がこれからの意識の方向性ではないかと思うのです(勿論先立つべきは主観)。量子の話に近いですが、観測されている自分があり自分の存在が確定するような感覚と申しましょうか。しかしながら自分はそこにいるわけでは無く、観測する側とされる側がセットで「わたし」ではないかと思うのです。(わかりにくいかも知れませんが、これが現状での最大の表現です)

『コトダマ解釈すると、主と客を結ぶ「渡し」と「私」は同意かも知れない』と、キーボードを打ちながら頭の中を過ぎりました。これが真実か、脳内を活性化する為に発生したダジャレかは、今の二元的な「わたし」には知る由もありません。
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